栽培関係の残りのパブリックコメントが公開
厚労省方針
第一段階 24年12月12日施行
大麻由来医薬品の施用、施用罪の適用、CBD製品のTHC残留限度値の設定
大麻草研究栽培者免許の施行、分析業務は麻薬研究者(都道府県知事免許)
第一段階については、9月11日付けの官報号外212号で発表されました。
https://kanpou.npb.go.jp/20240911/20240911g00212/20240911g002120002f.html
第二段階 25年3月1日施行
第一種、第二種、研究者の栽培規制に関すること
前回までのパブコメの内容についてはこちらを参照のこと
新しい大麻法の第二段のパブリックコメント(1)9月19日締切分
https://hemptoday-japan.net/16854
新しい大麻のパブリックコメント第二段(2)9月26日締切分
今回のパブコメ(意見公募)は、新しい大麻法の栽培規制の下記の内容についてです。
・大麻草中のTHC測定法及びサンプリング法 →こちらのみ
・協力試験検査機関の要件及び届出(登録)について(後述)
パブコメの内容とその解説
大麻草分析試料のサンプリング手法
分析に供する試料については、1つの圃場につき、偏在しない箇所から無作為に5つ採取する(1つの圃場に複数の品種が栽培されている場合は、その品種ごとに5つ採取する。)。
サンプリングの時期は特に指定されず、切り口は、雌株の頭頂部から25㎝となった。
解説:2018年米国農業法で定められた手法は下記の図の通り(注1)。
米国基準だと、5エーカー(2ヘクタール)の5サンプルとなる。
大麻草の試料の部位
大麻草試料の乾燥及び保存方法サンプリングした大麻草試料は、可能な限り乾燥させる必要がある。分析前においては、予備乾燥として、Δ9 -THC の分解を避けるために冷暗所に保管し、数日間自然乾燥させる。試料が大量である場合は、緩和な温度である 40℃で 3 日間程度の機械乾燥が可能であるが、それ以上の温度での乾燥は行わない。
解説:農林水産省のアサ品種登録のための審査基準・特性表(注2)では、次のようになっている。
十分に発達した雌株の花序を含む主茎の上部 30cm から採取する。
タイプA、B 及びE:20 株からの混合物、タイプC:5 株からの混合物タイプD:10 株からの混合物
※葉(糖葉(sugarleaves))はできるだけ取り除くこと。試料はできるだけ早く(48 時間以内)、70℃以下の温度で乾燥させる。乾燥後、試料は 25℃以下の暗所で(破砕せずに)保存することができる。
単なる偶然の一致かもしれないが、後述の「人工光下での大麻草」のサンプル数(農水省のタイプC)にあわせて同一品種であれば5株としていることがわかる。
大麻草の分析手法
対象とする標準化合物Δ9-THC 含量は、Δ9-THC とΔ9-THCA-A の総和で示す。総 Δ9-THC、%(w/w) = Δ9-THC + (Δ9-THCA-A ✕ 0.877)
解説:大麻草の植物体には、Δ9-THCA(テトラヒドロカンナビノール酸)の形で存在しており、熱や光や酵素の働きで脱炭酸することでΔ9-THCとなることが科学的に知られている。国際的にもTHC含有量というときは、総Δ9-THC量を示しており、本案もその表記に準じている。
但し、分析に必要不可欠なTHC標準品(標準試料)が、国際条約における「麻薬」に指定されているため、我が国における入手が極めて困難な状況に変わりない。第一種免許は、都道府県知事免許であるため、THC濃度0.3%を担保するための検査が新規申請時(種子譲渡する農家)と3年後の免許更新ごとに必ず検査が必要となる。47都道府県の厚労省系の医務薬務課に属する衛生研究所(県によって呼び名が異なる)で、Δ9-THCとΔ9-THCAの標準品、合計150万円以上を毎年予算化してくれるのでしょうか?。科学的厳密性を求める場合、標準品の消費期限は1年間が相場である。標準品が入手できない=検査できない=免許更新ができないという科学立国日本にあるまじき事態にならないよう、予算・人員・標準品・検査装置の整備状況を確認する必要がある。
新規の栽培希望者は、栽培だけでなく、栽培を担保するTHC検査体制にも注意を払ってほしい。
THC標準品を巡る話題は、過去のパブコメ解説を参考にしましょう。
https://hemptoday-japan.net/16397
分析定量法
LC 条件を以下に示す。なお、方法1,2はそれぞれ参考文献1,2によるものであり、両者に大きな違いはない。
①LC-MS による分析条件
四重極飛行時間型質量分析計(Q-TOF)や Orbitrap 質量分析計などの FT-MS による
Extracted ion chromatogram (XIC, EIC)を用いて、対象とする化合物の定量が可能である。
使用機器:ESI-Orbitrap Elite (Themo Fischer Scientific)
②LC-MS/MS による分析条件
トリプル四重極型質量分析計(Q-q-Q)を用いた multiple monitoring reaction (MRM)法を適
用することができる。MRM 法の分析条件の例を以下に示す。
機 種:島津 LCMS-8045(トリプル四重極)
解説:日本薬学会がまとめた薬毒物試験に関わる機関で必携の準公定書である「薬毒物試験法と注解」2017年出版(注3)の大麻試験法によると、定性/定量試験には次の方法が提示されている。
<定性試験>
・呈色(ていしょく)試験
・薄層クロマトグラフィー(TLC)
<定量試験>
大麻草の試験
・GC(ガスクロマトグラフィー)
・GC/MS(ガスクロマトグラフィー/質量分析)
尿検査の試験
・GC/MS(ガスクロマトグラフィー/質量分析)
・LC/MS/MS(液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析)
表1 ヘンプ(THC濃度0.3%以下)の公定試験方法(注1,注4~注10)
国名/標準化団体名 |
合法年/制定年 |
定量分析法 |
サンプル株数 |
欧州 |
英国1993年~ |
GC-FID |
30本 |
カナダ |
1998年~ |
GC-FID |
30本 |
米国 |
2018年~ |
HPLC, GC-FID |
作付面積で設定 |
国連* |
2009,2022年 |
GC-FID, GC/MS, LC, LC/MS, LC/MS/MS(UHPLC-UV-MS) |
30本 |
ASTM |
2022,2024年 |
HPLC, LC/MS/MS |
― |
AOAC* |
2018年 |
UHPLC, LC/MS/MS |
― |
日本(栃木県) |
1985年~ |
TLC |
20本 |
日本(農水省) |
2024年~ |
GC-FID |
5, 10, 20本 |
日本(厚労省) |
2025年~ |
LC/MS, LC/MS/MS |
5本 |
*今回、日本の厚労省が参考にした試験方法
厚労省パブコメ案では、2009年の国連報告書と、AOAC(化学分析標準化団体)の試験方法を参考にしており、24年12月施行のCBD製品の10ppm、1ppm、0.1ppm未満のTHC残留基準値とほぼ同じ性能をもつ分析装置での試験を求めている。厚労省科研費による身内の研究機関の成果(注11)をそのまま反映させただけとも解釈できる。
大麻草 |
1,000分の3(0.3%) |
CBD製品 |
1,000,000分の1(1ppm) |
1000分の3を定量するのに、百万分の1の定量できる装置はオーバースペックであることは明らかである。「大は小を兼ねる」と言いたいのかもしれないが、これは例えるなら、大都市の渋滞国道においてスポーツカーのフェラーリ・812 GTS(340km/h以上)で走ることを義務付けたのと同じだ。
農水省と栃木県の試験規格と違う
農水省では品種登録の試験法(注2)に、GC-FID(ガスクロマトグラフィー・水素炎イオン化検出器)を指定している。栃木県では、低THC品種「とちぎしろ」の栽培切り替え時(1985年)からTLC(薄層クロマトグラフィー)によるスクリーニングで長年実施してきた(注10)。農水省の品種登録試験と、今回厚労省が定めた各都道府県の免許更新時の圃場試験と違うのは、試験目的が全く違うので「OK」としよう。
しかしながら、栃木県では、県衛生研究所が「とちぎしろ」の原種のTHC濃度を維持・管理するために40年間やってきた試験である。今回の厚労省基準に全面的に切り替えるのか、それとも県独自の判断で継続するのか大きな問題である。
他の栽培県や、これから新規の栽培県も、厚労省のいうTHC標準試験法を採用できるのかどうか、冷静に考えなければならない。米国の麻薬取締局(DEA)が推奨するヘンプの試験法は、汎用性の高いHPLC(高速液体クロマトグラフィー)である(注6)。
2017年から島津製作所の米国子会社が市場投入したヘンプ専用のカンナビノイド分析装置もHPLC(高速液体クロマトグラフィー)である(注12)。
分析費用と分析機関の数から見た問題点
分析法 |
米国の事例(1サンプル) |
米国DEA登録分析機関数 |
HPLC |
1~3万円 |
67か所 |
LC/MS/MS |
6~12万円 |
― |
THC検査のためのTHC標準品の入手が困難な日本において、米国の分析費用は格安であり、農水省の品種登録では、THC分析75,000円、CBD分析75,000円の合計150,000円という費用を提示している。この価格が一つの目安になると考えられる。都道府県によっては分析機関の体制が整備できないため、免許更新時に、アサ栽培農家に分析費用を負担するようなことになれば、栽培コストに跳ね返り、製品価格にも反映され、結果的に消費者負担となる。
以前は、「協力試験検査機関の要件及び届出(登録)について」がパブコメに出される予定であったが、
24年12月12日施行時に、厚労省WEBサイトに分析機関のリストを提示するだけとなった。
本来であれば、下記の2点が必須のはずである。
・分析機関の国際標準化規格のISO17025(注13)の認定取得
・法律に基づく登録検査機関となること(注14)
登録検査機関とは、例えば、食品衛生法に基づく登録検査機関としての製品検査等の業務では127試験機関がリスト化されており、微生物、添加物、残留農薬等の検査をしている。本来であれば「大麻栽培法に基づく登録検査機関」を定める必要があるが、単なるWEBサイトにリンク集として掲載するだけとなっている。THC分析の標準法の1ppm対応の厳格さと比較すると、ゆるゆるで安直な感じで、極めて矛盾した対応である。
あと、米国のTHC分析評価は、科学的な「測定の不確かさ」を考慮していた(注15)が、それは無視されている。我が国の大学に統計学部がなく、統計リテラシーの無さが政策にも反映されている。(最近はデータサイエンス学部が増えて統計学を学ぶ場が増えたけれど)
大麻草の人工光下での栽培
大麻草のΔ9 -THC 含量は発芽前の種子の段階では判断ができないため、人工光下において発芽させ、短日処理により花芽形成を促して出現した花穂をサンプリングし、Δ9 -THC 含量を測定する必要がある。
ここで示すものは、大麻草試料を採取するための閉鎖系環境下(グロースチャンバー、人工気象器 等)における、種子からの迅速な育成方法の一例である。
解説:非発芽処理をしていない播種用種子のTHC検査するための項目としてここに記載されている。
しかし、現在の最新の技術を使えば、THCA合成酵素の有無で、THCA種(薬物型)、CBDA種(繊維型)を見極めることができる。厚労省の研究においてDNA検査キットを使えば、3か月程度かかりそうな播種・短日処理・THC検査をしなくても、3時間程度で判別可能であることが報告されている(注16)。
この文面から読み取れることは、第一種免許の取得(1か月)、海外の大麻草の播種用種子の輸入(3か月)の準備期間が必要なことが想定される。
まとめ・・・THC濃度0.3%以下を担保するための測定法とは?
厚労省の研究機関(地方厚生局麻薬取締部を含む)だけに義務付けるものなのか?
厚労省の大麻草のTHC標準分析法は、各都道府県の衛生研究所に義務付けるものなのか?
この標準分析法は、あくまでも例示の1つであり、大学や民間企業のもつ0.3%程度の計測には十分な性能を有するHPLCを認めるものなのか?
大麻草の理解が乏しい地域(都道府県)は、第一種免許のアサ農家自らがTHC検査費用を負担するようになるのか?
大麻栽培法に基づく登録検査機関としてカンナビノイド分析機関を提示すべきではないのか?
今回のパブコメはこちらから。締切は11月1日です。
「大麻草中のΔ9-THCの標準的な分析法(案)」に関する御意見の募集について
カテゴリー 厚生
案件番号 495240177
案の公示日 2024年10月3日
受付開始日時 2024年10月3日0時0分
受付締切日時 2024年11月2日0時0分
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495240177&Mode=0
注意事項:本記事では2024年10月時点での情報をもとに記載しています。新しい大麻法の運用がスタートすると本記事と異なる対応や見解となっていることが想定されます。予めご了承下さい。
●参考情報
注1)USDAヘンプのサンプリングガイドライン 米国内ヘンプ生産プログラム 2021年1月15日発行
https://cfgrower.com/new-final-rule-on-hemp-makes-things-easier-for-growers
注2)農林水産省.アサ種審査基準(CPVO-TP/262/2 2022-12-30準拠).2024年3月
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/hinshu/info/kijun/1138.pdf
注3)薬毒物試験法と注解(2017)
https://www.tkd-pbl.com/book/b286134.html
注4)EU公定法によるDelta9-THC測定:測定不確実性の評価とヘンプサンプルのコンプライアンス評価
https://doi.org/10.1007%2Fs00216-021-03283-x
注5)カナダ保健省 産業用ヘンプ技術マニュアル – サンプリング、テスト、処理方法の標準操作手順
注6)米国農務省 試験ガイドライン 米国国内ヘンプ生産プログラム
https://www.ams.usda.gov/rules-regulations/hemp/information-laboratories/lab-testing-guidelines
注7)ASTMインターナショナル(国際標準化団体)
https://www.astmcannabis.org/committee-d37-on-cannabis/
注8)AOACインターナショナル(化学分析標準化団体)
https://www.aoac.org/scientific-solutions/casp/
注9)国連報告書2022年版 大麻草及び大麻製品の同定及び分析のための推奨方法(日本語仮訳)
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=129552
注10)栃木県の大麻試験法 TLC(薄層クロマトグラフィー)
https://iri.pref.tochigi.lg.jp/content/files/Tech-genosse/74Tech-genosse.pdf
注11)厚生労働科学研究成果データベース、厚生労働行政推進調査事業費補助金 厚生労働科学特別研究事業「大麻由来製品中に混在する微量Δ9-THC の 試験法策定に資する研究」 令和5年度 総括・分担研究報告書 (23CA2026) 公開:24年8月1日https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/167867
注12)島津製作所の米国子会社が市場投入したヘンプ専用のカンナビノイド分析装置
https://www.ssi.shimadzu.com/products/liquid-chromatography/hplc-system/hemp-analyzer/index.html
注13)ISO17025試験機関の認定について
https://www.jab.or.jp/service/laboratory/
注14)法律に基づく登録検査機関
https://www.jfrl.or.jp/about/law
注15)米国ヘンプ農業法の最終規則について・解説 Q&A
https://www.hokkaido-hemp.net/USDAHemp_final_rule_Q_A.pdf
注16)核酸クロマト型チップを用いた大麻DNA検査キットの開発と実証評価