新たな時代の幕開け
モルドバ共和国は、産業用ヘンプ分野に正式に参入し、新たに制定された規制のもとで、初めてヘンプ栽培を認可しました。これにより、繊維および種子生産を目的としたヘンプ栽培が合法的に可能となります。
この認可は、医薬品・医療機器庁(Agency for Medicines and Medical Devices)内の常設薬物管理委員会(Standing Committee on Drug Control)によって発行されたもので、モルドバの農業政策における重要な転換点となる決定です。
今回の動きは、麻薬や向精神作用物質を含む植物に関する法令の改正に続くものであり、新たな法体系では産業用ヘンプと嗜好用大麻が明確に区別されています。
この新制度のもとで、農家はモルドバ国家植物品種カタログ、EUの共通農作物品種カタログ、またはEU加盟国の国家カタログに掲載されたヘンプ品種に限り、合法的に栽培できることになります。
経済的可能性と規制の限界
モルドバ政府は、今回の政策転換を経済成長の促進、投資の誘致、農業セクターの強化に向けた戦略的チャンスとして位置づけています。
「この機会をビジネスコミュニティ全体で活かしてほしい。これらの素材は、自動車産業をはじめ多くの分野で使用されています。」と、ドリン・レシャン首相は昨年末に述べています。
しかしながら、新たな規制は繊維および種子の生産に厳しく限定されており、ヘンプの花やCBDなどのカンナビノイド成分に関しては、依然として厳しい規制下に置かれています。モルドバの薬物法では、ヘンプの花を常設薬物管理委員会の監督対象とし続けており、CBDの生産は現在も「規制上の難題」として残っているのが現状です。
業界関係者からは、特に花由来製品に関する規制の明確化や緩和を求める声が上がっています。
一方で、ヘンプの繊維、バイオプラスチック、建材としての利用可能性は広く認識されており、経済面での期待は大きいといえます。
とはいえ、農家にとっては依然として規制のハードルが残されており、作物を栽培するためには許可の取得が必要です。
新たな枠組みのもとでは、栽培者の運営状況は政府によってモニタリングされることになりますが、申請手続き自体はオンラインプラットフォームを通じて簡素化されています。
持続可能な農業への追い風
モルドバ政府関係者によれば、ヘンプの利点は経済面にとどまらず、環境負荷の軽減にも大きく貢献するとされています。
成長サイクルがわずか90日という短さにより、年間に複数回の収穫が可能であることに加え、栽培中に大量の二酸化炭素を吸収する性質があるため、環境に優しい作物として注目されています。
モルドバ農業・食品産業省のセルジウ・ゲルチウ事務次官は次のように述べています:
「産業用ヘンプの生産と加工を通じて、モルドバは循環型経済を発展させることができます。廃棄物の削減にもつながり、繊維、燃料、建築資材など、植物のすべての部分を有効活用できるのです。」
モルドバはヨーロッパでも最貧国のひとつに数えられ、農業に強く依存している経済構造を持っています。農業はGDPの約12%を占め、労働人口の27%が従事しています。
こうした背景のもと、ヘンプが作物ポートフォリオに加わることで、農業の経済的回復力が高まり、農家の収入増、新たな雇用創出といった波及効果も期待されています。
伝統の復興
モルドバによる産業用ヘンプの導入は、単なる経済政策ではなく、同国の農業的伝統への回帰でもあります。
かつてモルドバはルーマニアの一部であり、ルーマニアは歴史的にヘンプ栽培の中心地として知られていました。そのため、モルドバにも繊維、食、医療用途などでヘンプを活用してきた長い歴史があります。
現在でも、野生のヘンプが自然植生の一部として国内に自生しており、モルドバがいかにヘンプと深いつながりを持ってきたかを物語っています。
モルドバが産業用ヘンププログラムを本格的に進める中で、今後はCBDや他のカンナビノイド由来製品を含む、さらなる規制更新も検討される可能性があると政府関係者は示唆しています。
とはいえ、現時点ではまず繊維と種子生産を柱とした初期フェーズに着手した段階であり、同国の農業経済にヘンプを統合する第一歩が始まったところです。
編集部あとがき
今回の記事を以下、4つのポイントに整理しましたのでご参考ください。
1.モルドバが法整備を経て、正式に産業用ヘンプ市場に参入したことは歴史的転換である
これまで「大麻=禁止作物」と一括りにされていた法体系を見直し、産業用ヘンプを嗜好用大麻と明確に区別することで、合法的な栽培と活用の扉が開かれました。特に、EU諸国の品種カタログに準拠した柔軟な品種指定が導入されている点は、国際水準を意識した制度設計といえます。
2.繊維・種子への限定解禁は一歩前進だが、花部位やCBDは依然として高いハードル
現状ではCBDや花由来製品は厳格な薬物管理下にあり、規制緩和の恩恵を受けていない分野です。業界からは「さらなる規制緩和と明確なルール化」を求める声が出ており、第二フェーズの制度改革が必要とされています。
3.ヘンプの導入は、貧困と雇用の課題を抱えるモルドバにとって“持続可能な農業と経済の再建戦略”になり得る
GDPの約12%、労働人口の27%が従事する農業において、高収益作物であるヘンプを導入することは、生産者の所得向上・地方経済の安定化・雇用創出という複数の政策課題に同時アプローチ可能な手段です。さらに、ヘンプはCO₂吸収やバイオ素材としての活用可能性も高く、循環型経済の核となる作物です。
4.ヘンプ文化はモルドバに根付いた伝統であり、今回の政策は“革新と復興”を両立させる動き
ルーマニア圏におけるヘンプの歴史を引き継ぐモルドバでは、今でも野生のヘンプが自生しており、伝統的知識の継承も期待できます。これは単なる新規作物の導入ではなく、かつての農業資源を現代的に蘇らせる「農業文化の復興」であると位置付けられます。