
海軍の未来をつなぐヘンプ
米国海軍がペンシルベニア州ベッドフォードのタスカローラ・ミルズ社(Tuscarora Mills)に、歴史的な帆船「USSコンスティテューション号」の乗組員用の制服を依頼したとき、それは単なる復刻プロジェクトではなかった。
それは、2018年のファームビル(農業法)によってヘンプ栽培が再合法化されて以来、米海軍が初めてヘンプ繊維を用いた公式プロジェクトとなり、かつてアメリカの海洋文化を支えた繊維との再会を意味していた。
「ヘンプとフラックス(亜麻)は、何世紀にもわたり世界の海洋産業を支えてきました。耐久性、価値、そして性能の高さが理由です」とタスカローラの共同創業者デイブ・クック氏は語る。
このプロジェクトは、マサチューセッツ州ネイティックの海軍衣料・繊維研究センター所長ローラ・ウィンターズ氏が、歴史的に正確な素材を求めてタスカローラに接触したことから始まった。
その後、国防総省(DOD)の契約業者マシュー・ウェルシュ氏から、「コンスティテューション号」の乗組員用の伝統的な水兵ズボンの再現依頼が届いたという。
タスカローラ・ミルズは、ジョージ・ワシントン邸やリンカーンの夏の別荘など歴史的建築物への生地提供、映画『コールドマウンテン』の衣装製作などでも知られる老舗だ。
歴史を織り込む布

19世紀初期の船員服を忠実に再現するため、タスカローラはヘンプとフラックスを主原料に、テキサス産オーガニックコットンを混ぜた耐久性と通気性のある布地を製織した。
織りには、かつて米国繊維産業を支えたドレーパー社製のシャトル織機を使用。マサチューセッツ州製の機械で、ボストン建造の艦艇に納められるという点も象徴的だった。
真の「国産」再生プロジェクト
以前の試みでは中国製素材が使われていたが、今回はイタリアのリニフィチオ社による欧州産ヘンプ糸と米国産コットンを組み合わせ、完全に透明なサプライチェーンを確立した。
これは同時に、国防における天然繊維の戦略的価値を示すものでもある。
「ヘンプやフラックスは、現在の国防省が依存しているPFAS系プラスチック繊維の代替になり得ます。過去に優れた性能を発揮したのなら、今こそ再び活用すべきです」とクック氏。
海軍制服が示した未来像
今回の契約は規模こそ小さいが、国家安全保障と持続可能な素材開発を結ぶ試金石になった。
「このプロジェクトによって、長繊維ヘンプ糸を国家戦略の議論に再び戻す機会が生まれました」とクック氏は語る。
艦の乗組員からの正式コメントはまだないが、納品を担当した海軍契約者からは「美しく完成度の高い仕上がり」との高評価が寄せられている。
次世代への証明
タスカローラにとって今回のプロジェクトは、単なる復刻ではなく「現代社会におけるヘンプ繊維の実証モデル」。
クック氏は、国内にヘンプ紡績・繊維加工のインフラを再構築する必要性を訴える。
現在、世界の繊維生産量におけるヘンプの割合はわずか0.2%。
米国ではその多くが不織布(フィルター・複合材・消費財)用途に限られており、紡績技術の再構築が課題だという。
しかし「中国や欧州が克服したように、米国でも再び可能だ」とクック氏は言う。
ペンシルベニアの伝統を未来へ
かつて天然繊維産業の中心地だったペンシルベニア州では、PAファイバーシェッドやPAヘンプ産業評議会などがヘンプ再生プロジェクトを推進している。
州は2023年に100万ドルの国家科学財団(NSF)助成を受け、「ペンシルベニア・インダストリアル・ヘンプ・エンジン」を設立。タスカローラはその中心的存在だ。
「私たちは常に過去を尊重しながらも、未来を見据えています。海軍制服のような伝統を守る一方で、ヘンプとフラックスの可能性を次世代の産業・防衛・暮らしに広げていきたい」とクック氏は締めくくった。
編集部あとがき
今回の記事を以下、4つのポイントに整理しましたのでご参考ください。
1.アメリカ海軍とヘンプの再会
200年の伝統を持つ艦船「USSコンスティテューション」が、再びヘンプ素材の制服を採用。軍と天然繊維の再結合を象徴。
2.国防×サステナビリティの融合
PFASプラスチックに代わる安全・持続素材として、ヘンプ・フラックスが国家安全保障の議論へ浮上。
3.ローカル・サプライチェーンの再構築
欧州産ヘンプ糸と米国産コットンによる透明供給網を実現。地産地消型の再生繊維産業の原型。
4.伝統と革新をつなぐ象徴的プロジェクト
歴史的制服の再現が、現代の産業・研究・防衛政策にまで波及する可能性を示した。


