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マリファナ禁止のきっかけは、1998年の長野五輪
カナダのロス・レバグリアティ選手が長野で開催された1998年の冬季五輪でスノーボード初のオリンピック金メダルを獲得しました。ところが、数日後、彼はレース後の薬物検査で、マリファナの主成分であるTHCが陽性であったため、金メダル剥奪&失格の危機に直面しました。
ロス選手は、マリファナに競技のパフォーマンスを強化する効能は発表されていないと主張して、裁判で争った結果、手元に金メダルを取り戻すことができました。
この後、国際オリンピック委員会 (IOC)が主幹していたドーピング検査は、1999年11月に設立したWADA(世界アンチ・ドーピング機関)が担うことになりました。
そして、WADA規程は、2003年が正式に採用され、2004年のアテネ・オリンピック競技大会から実施されました。マリファナは、この時からWADA規程の制定に伴って五輪及び国際スポーツの分野で、競技時の使用が禁止となったのです(※1)。
もし、マリファナに限らず、ドーピング違反となった場合、個人に対して大会成績の自動的な失効および原則2年または4年間の資格停止の制裁が課されます。これはアスリートとってかなり致命的な出来事となります。
表の説明:S8のカンナビノイドは、天然の大麻草に含まれるカンナビノイド(THCを含む)&合成カンナビノイドを含みます。但し、CBDは2018年の禁止表からすでに除外されています。
マリファナ(THC)は、そもそもドーピングなのか?
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WADAは、禁止物質のリストを毎年1月に更新しており、次の3つの基準を満たしている場合に、禁止物質リストとなります。
1.スポーツ・パフォーマンスの向上およびその可能性
2.健康に対する実際リスクまたは潜在的なリスク
3.スポーツ精神に反する
WADA規程の制定当初から、上記の基準において、マリファナ(THC)は、3つの基準を満たしているかどうかについて白熱した議論がありました。
その後の科学的証拠の評価によって、1)は該当せず、2)はリスクよりも、医療用大麻として痛み改善などの治療効果=有益性があり、さらなる調査が必要という結論となっています。(※2)
唯一、ドーピング物質基準を満たすとされるのは、3)だけであって、世界各国で違法薬物となっている現状があり、国民的な模範とされるアスリートには、相応しくないということです。
基準値が10倍緩くなったのは、2012年のロンドン五輪がきっかけ
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2012年のロンドン五輪に参加していたアメリカの柔道選手がドーピング検査でマリファナが検出されて失格となりました。
WADA規程では、競技期間外であれば、マリファナは使用していても問題にならなかったですが、五輪競技期間中でのドーピング検査で陽性反応となったのです。
この事件は、国際的に大きく報道されて話題となり、再び議論を呼びました。その結果、WADAは、2013年5月からは、ドーピング検査の基準値を15ng/mlから150ng/mlと10倍にしました。
この値は、マリファナ(33.4mg)を喫煙したときに、15分後に血中濃度ピーク時、160ng/mlと比較すると、ドーピング検査前にかなり喫煙していないと、引っかからないぐらいの値となりました(※3)。
ちなみに、前述のカナダのロス選手は、17.8ng/mlで陽性反応となって、一時的に失格となりました。
医療用大麻の使用がOKとなった2016年のリオ・パラリンピック
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前回の2016年のブラジル・リオデジャネイロで行われたリオ五輪では、パラリンピック選手に限定して、医療用大麻の使用をOKとするガイダンス(2016年2月)が発表されました(※4)。
これは、WADAドーピング規程にあるカンナビノイドを使う選手は、治療使用特例(Therapeutic Use Exemptions:TUE)の申請をして、許可をもらうことができるようになったのです。
ここで驚くべきことには、開催地のブラジルは、大麻使用が違法であったことです。違法だが、事前にTUEを申請すれば、ブラジル国内への持ち込みを認めたことです。
リオ2016パラリンピックの健康ガイド(2016年5月発行)にも、「ブラジルでは大麻の使用は違法ですが、NPC(ブラジル国内のパラリンピック委員会)の担当者に確認ください。」と明記されています(※5)。
人権としてのアクセスと五輪のレガシー(遺産)
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近年の五輪は、人権としてのアクセスが重要視されています(※6)。
「アクセスは基本的人権であり、社会的公正の基本である。社会的公正とは、人々を個人として受け入れ、社会生活に完全に参加するための公平で平等な機会へのアクセスを保障することである。真にアクセシブルな環境とは、人々が何の束縛も受けることなく自立を実現でき、統合を阻害する要因が取り除かれたところである。」
また、レガシーについても重要視されています。レガシーとは、一般的に遺産を意味しますが、大会後も継承して活用され後世に残るような施設や仕組み、人々の心の変化などを指します。
5つのオリンピック・レガシー(※7)
1.「Sporting Legacy (スポーツ)」
スポーツ人口の変遷やスポーツ環境の変化など
2.「Social Legacies (社会)」
官民一体の体制づくり、オリンピック・パラリンピック教育の推進など
3.「Environmental Legacies(環境)」
都市再生、再生可能エネルギーなど
4.「Urban Legacies (都市)」
公共交通インフラの整備、バリアフリー化など
5.「Economic Legacies(経済)」
雇用創出やテクノロジーの発達など
リオ2016パラリンピックでは、世界で初めて、マリファナが違法な国でも大会期間中の使用許可が認められたという「人権としてのアクセス」が実現され、立派な「五輪のレガシー」となったのです。
2020年の東京五輪はどうする?
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東京オリンピック 2020年7月24日-8月9日
東京パラリンピック 2020年8月25日-9月6日
国際オリンピック委員会(IOC)の憲法と言える『オリンピック憲章』には次のような一文があります。
「オリンピック競技大会の有益な遺産(いさん)(レガシー)を、開催国と開催都市が引き継ぐよう奨励する」
ここではあまり触れていませんが、30カ国以上ある医療用大麻が合法化された国から正式な許可を受けた使用患者がマリファナを持ち込むことに対しても、水際で防止&禁止一辺倒でよいのか?というのが、「人権としてのアクセス」の観点から大きな論点となるべきテーマです。
もし、2024年のパリのパラリンピックで、フランスがリオのレガシーを引き継ぎしたにも関わらず、2020年の東京では、禁止だったとなると、日本は国際社会の一員としてかなり恥ずかしい思いをするかもしれません。
レガシー違反?というべき話なのかもしれません。
おそらく、日本ではこの医療用大麻をアスリートの申請があれば許可し、カンナビノイド医薬品または医療用大麻の輸入も許可するということは日本独自には判断できない案件でしょう。
札幌にマラソンが急遽会場変更となったように、国際オリンピック委員会や国際パラリンピック委員会の意向や通知があれば、ガイドラインを素直につくるしかないと思われます。
参考リンク>>
※1 日本アンチ・ドーピング機構:https://www.playtruejapan.org/code/provision/world.html
※2 大麻とエリート選手の健康パフォーマンス:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6116792/
※3 カンナビノイドの科学(築地書館):http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1501-6.html
※4 リオ・大会委員会からの通知:リオ2016パラリンピック競技大会での医療用マリファナの使用に関するIPCガイダンス 16年2月発行:https://www.paralympic.org/rio-2016/athlete-information
※5 リオ2016パラリンピックの健康ガイド 2016年5月発行:https://www.paralympic.org/sites/default/files/document/160714104646954_Paralympic+Games+HealtHealt+Guide.pdf
※6 国際パラリンピック委員会(IPC)アクセシビリティガイドライン 2013年6月発行:日本語翻訳版 http://www.jsad.or.jp/paralympic/what/data.html
※7 東京オリンピック&パラリンピックのレガシー:https://tokyo2020.org/jp/games/legacy/