ポルトガル発、循環型ファッションの中核に「ヘンプ」を据える挑戦
Sensihempにとって、マドリードでの受賞は非常に大きな意味を持ちます。私自身にとっても、ファストファッション業界を離れ、自分の信念に基づいたブランドを立ち上げたことへの深い肯定でした。この賞は、Sensihempだけでなく、ファッションにおけるヘンプの可能性にも希望をもたらしてくれました。
このプロジェクトには、いかなる資金援助も受けていません。すべて自己資金で、一歩一歩築いてきました。何年にもわたる研究と実験を重ね、ようやく“真剣に扱われる繊維”としてヘンプをファッション界に紹介できたと感じています。
この受賞は、再生型かつ循環型のファッションが、美しく、革新的で、そして現代的であることを示した証です。新たな協業や可視性をもたらし、ヘンプを本来あるべき場所──より持続可能な未来の中心に位置づける助けとなっています。
素材としてのヘンプの流れとゼロウェイストの実践
ヘンプは主にフランスやルーマニアなど、ヨーロッパのサプライヤーから仕入れています。これらの地域では、農薬を使わず、水の使用も最小限に抑えた栽培が行われています。繊維の抽出には低インパクトで機械的な方法が用いられており、デザインと製造はポルトガル国内で行っています。
生産過程では極力廃棄物を出さない工夫を徹底し、端材はアクセサリーやワークショップで再利用。天然染色や少量生産には職人との連携を取り入れ、環境と社会への影響に配慮したプロセスを実現しています。
供給網の課題と、業界をつなぐ架け橋としての役割
最大の課題は、ポルトガル国内でのヘンプ栽培と繊維加工の断絶です。気候や土地は適しているのに、高品質な繊維へと変換するインフラがまだ整っていないため、物流とコストの面で大きな障壁があります。
私は2018年から2023年まで、ポルトで開催された国際ヘンプ見本市「Cannadouro」のオーガナイザーを務め、多くの関係者とつながりを築きました。繊維業界で20年のキャリアを持つ私は、ヘンプ農業と繊維業の橋渡し役として、協働や共通言語の構築に尽力しています。
今は信頼できるヨーロッパのパートナーとともに、小規模で透明性があり、理念に沿ったサプライチェーンを維持しています。一方で、ローカルな再生型加工施設への投資の必要性を訴え続けています。
新コレクションと“理想の顧客像”
今回のウィメンズコレクションでは、時代に左右されず、快適で、様々なライフスタイルにフィットする服を目指しました。モジュール式やリバーシブルなアイテムが特徴で、ヘンプ混紡の流れるようなニットウェアやアップサイクル素材を用いた作品も含まれています。
過去のSensihempコレクションで出た端材を再利用したり、手編みのニットも加え、スロークラフトの美しさと職人技の価値を再認識させる内容になっています。
Sensihempの理想の顧客は、持続可能性、誠実さ、クラフトマンシップに価値を見出す人。倫理観を大切にしつつ、快適さや機能性、スタイルも妥協しない女性像を描いています。
職人とのコラボレーションに込める想い
私が選ぶ職人は、自然、文化的伝統、公正な労働に敬意を持っていることが条件です。多くはポルトガルの農村地域に住み、手織りや刺繍、植物染色などの技術を継承しています。
これらのコラボレーションは一方的ではなく、初期段階から共同でデザインを練ることもあります。伝統を未来につなぐには、単なる仕事以上の“意味ある関係性”が不可欠だと信じています。
アップサイクルと参加型ファッションの価値
Sensihempではアップサイクルワークショップや修理イベントを通じて、地域との関係を育んでいます。ファッションは「買って終わり」ではなく、参加型であるべきという考えです。
参加者のアイデアや工夫から学ぶことも多く、デザインにも影響を与えています。最近では、モジュール式や適応性の高いアイテム、長く着られる工夫が意識の中核にあります。
ヘンプへの誤解をどう解きほぐすか?
Sensihempの大きな使命の一つが「ヘンプという素材の正しい認識を広めること」です。SNSではストーリーテリングを活用し、製造過程や職人の姿、ヘンプの環境的利点を伝えています。
さらに地元のフェアやイベント、学校での啓発活動などにも積極的に参加し、「ヘンプ繊維は花ではなく茎から採れる」「洋服から煙は出ない」など、根強い誤解にユーモアを交えて説明しています。
ヨーロッパにおける最大の壁とは?
ヘンプが欧州ファッションで主流になるには、3つの障壁があります。インフラの未整備、誤解、そして業界内の変化への抵抗です。ヘンプ=粗い素材という旧来のイメージが、今も根強く残っています。
必要なのは教育と、加工技術への投資、そしてスタイリッシュな成功事例の共有。大手ブランドが透明性と創造性を持って取り組めば、流れは加速するはずです。
今後の展望と「土に根ざした未来」
現在、Sensihempの次なるステップとして、ECサイトのリニューアルと資金調達を進めています。これまではすべて一人でやってきましたが、今後は価値観を共有するブランドやデザイナーとの協業、専属チームの立ち上げを目指しています。
また、地元ポルトガルのヘンプコミュニティとも連携を強めています。6月に予定している「Hemp Fiber Lab」では、種から衣服までを3日間で体験できるワークショップを開催。知識の共有と対話、そしてコミュニティの創出を目的としています。
Sensihempは単なるファッションブランドではありません。人と素材を再びつなぎ、ケアに根ざした未来を築くための「再生のためのプラットフォーム」です。
5年後に描く「成功」のかたち
5年後の理想は、地域に根ざしたヘンプの生産者・職人・デザイナーが協力し合い、意識の高い消費者に支えられている姿です。製品そのものだけでなく、そのつくり方が倫理的で生態系にやさしいという点でも評価されるブランドになりたい。
土地、仲間、そしてこのプロジェクトを動かす“目的”と深くつながり続けること。もちろん、Sensihempを経済的にも持続可能にし、独立したまま成長し続けることも大切なゴールです。
編集部あとがき
今回の記事を以下、4つのポイントに整理しましたのでご参考ください。
1. ヘンプにはファッションを変える力がある
環境にやさしいだけでなく、ヘンプは美しく革新的な衣服を生み出せる素材です。その可能性を現場から丁寧に伝えることで、古いイメージを塗り替えようとしています。
2. 地域に根ざした循環型の仕組みが未来をつくる
輸入依存の流れに抗い、地元の職人と連携したサプライチェーンを構築。経済や文化だけでなく、土地とのつながりも重視したものづくりが実現されています。
3. ファッションは“消費”ではなく“対話”
ワークショップや修理イベントを通して、ファッションを「共に作る体験」へと変換。デザインとは一部の人の仕事ではなく、生活者の発想からも生まれるという哲学です。
4. ヘンプが当たり前になる未来へ向けて
偏見と誤解を取り除くために、教育とコミュニケーション、そしてスタイリッシュな実例が欠かせません。業界全体の意識改革をリードする立場としての責任も担っています。