3,500万ドルのヘンププロジェクトが危機に
トランプ政権は、「気候スマート農産物パートナーシップ(Partnerships for Climate-Smart Commodities)」プログラムの資金を凍結したと見られ、ヘンプ関連の重要なプロジェクトに割り当てられていた3,500万ドル(約52億円)が危機に瀕しています。この資金停止により、ヘンプが二酸化炭素の吸収(カーボンシークエストレーション)や持続可能な農業に貢献するためのプロジェクトの将来が不透明になっています。
米国農務省(USDA)は、「気候スマート」プログラムに参加する農家やプロジェクトへの全ての払い戻しを停止したとされています。このプログラムはバイデン政権の気候政策の中心的な取り組みの一つであり、今回の決定は大きな影響を与える可能性があります。
USDAは現時点で、資金提供が今後再開されるのか、あるいは完全に打ち切られるのかについて、明確な説明をしていません。 そのため、多くのプロジェクト関係者が混乱している状況です。
農業ニュースサービス「Agri-Pulse」によると、この資金停止に関する懸念を示したアイオワ大豆協会(Iowa Soybean Association)の書簡が確認されており、今回の決定が農業界に波紋を広げていることが伺えます。
Agri-Pulseの報道によると、アイオワ大豆協会(Iowa Soybean Association)は、USDAが農家やプログラム参加者への全ての払い戻しを一時停止したことを州の連邦議員団に書簡で通知しました。協会は、2024年2月初旬にUSDAの担当者から送られた通知を引用し、その中で「USDAのさらなる指示があるまで払い戻しが保留されている」と記載されていたことを明らかにしました。
さらに、大豆協会は、同協会が管理する「気候スマート」プログラムに参加した農家が、2024年にすでに完了した作業に対して1,100万ドル(約16.5億円)の支払いを受ける権利があると述べています。今回の資金停止により、これらの農家への支払いも保留となっており、影響が拡大しています。
最適とみなされていたヘンププロジェクトが
「気候スマート」プログラムの下で、USDAは5つのヘンプ関連プロジェクトに対して3,500万ドル(約52億円)を割り当てていました。 これらのプロジェクトは、同プログラムの基準を満たしているとして資金提供の対象となっていました。
ヘンプは、動物飼料、工業用繊維、燃料などの分野で環境に優しい低炭素代替資源として注目されており、こうした特性が「気候スマート農産物」プログラムの重要な要素となっていました。このプログラムは、農家が収益を向上させつつ環境にも貢献できる農業手法を採用することを支援する目的で設計されており、ヘンプはその理念に最適な作物と見なされていました。
プログラム全体の予算は31億ドル(約4,600億円)にのぼりますが、その中でヘンプ関連プロジェクトへの割り当ては小規模ながらも重要な投資と位置づけられていました。
この取り組みの最終的な目標は、温室効果ガスの削減を追跡・検証する方法を確立することで、6,000万メートルトン以上のCO2を吸収することでした。しかし、今回の資金凍結により、このプログラムを活用するために組織されたヘンプ関連のコンソーシアム(共同事業体)がプロジェクトを遂行できなくなる可能性が生じています。
当然ながら政治的要因も影響
バイデン政権下の農務長官トム・ヴィルサック氏は、「気候スマート農産物パートナーシップ」プログラムを3億ドル(約460億円)の資金で立ち上げました。 この資金は、USDA(米国農務省)が財務省から借り入れる信用枠「商品信用公社(CCC)」 を活用して調達されたものです。しかし、この資金の使い方については、共和党から強い反対を受けています。共和党側は、CCCの資金をこのプログラムに充てることを批判しており、政治的な対立が資金停止の背景にあると考えられます。
報道によると、3億ドルの一部はすでにプログラムを管理する主要組織に配分済み ですが、残りの資金は「自然資源保全局(NRCS)」の口座に保管されており、参加団体に四半期ごとに分配される予定でした。
この「気候スマート」プログラムは、2022年に成立した「インフレ抑制法(IRA)」の一環として開始され、数年にわたる継続的な取り組みとして計画されていました。 その目的は、農家や牧場経営者が採用する新たな農法が、本当に炭素排出削減につながるのか、そして従来の農法と比較してより収益性の高い農産物を生み出せるのかを評価すること にあります。
しかしロイター通信によると、USDAは現在、農家向け支援プログラムや環境保全契約を含む複数の施策の資金を凍結しているとのことです。これは、農務省全体で進められている見直しの一環とされていますが、トランプ政権が「農家支援プログラムには影響を与えない」と約束していたにもかかわらず、資金停止が行われている ことが問題視されています。
農家の支持層への影響
2024年1月、米国行政管理予算局(OMB)は、連邦政府機関に対して特定のプログラム資金の一時停止を発表する書簡を送付しました。その中でOMBは、「中小企業、農家、ペル奨学金(低所得者向け教育補助)、ヘッドスタート(幼児教育プログラム)、住宅補助などの資金は停止しない」 と明記していました。
しかし、今回凍結された資金の一部は、バイデン前大統領が主導した「インフレ抑制法(IRA)」に基づく環境保全プログラムの予算とされています。この法律では、10年間で195億ドル(約3兆円)を農業プログラムに充てる計画が含まれていましたが、その資金の一部が今回の凍結対象となっています。
ロイター通信は、この資金凍結について、すでに経済的に厳しい状況にある農家にさらなる不安をもたらすと指摘しています。また、農業コミュニティにとっても意外な展開であるとし、その理由として過去3回の大統領選挙で農家の多くがトランプ氏に圧倒的な支持を寄せてきたという背景を挙げています。
トランプ氏の1期目(2017~2021年)は、農家にとって「記録的な現金支援」があった時期であり、作物支援、災害補助、農業援助プログラムを含めた農業補助金は総額2,170億ドル(約32兆円)に達したとされています。しかし、今回の資金凍結は、そのような「農家優遇策」が続くと期待していた層にとって予想外の展開となりました。
編集部あとがき
今回の記事を以下、4つのポイントに整理しましたのでご参考ください。
1.「気候スマート」プログラムの資金凍結が農業界に与える衝撃
USDAが「気候スマート農産物」プログラムの資金を突然凍結したことは、ヘンプを含む持続可能な農業プロジェクト全体に大きな打撃を与えています。特に、ヘンプ業界では3,500万ドルの資金が宙に浮くことになり、炭素削減や環境保全を目的としたプロジェクトが実行できなくなるリスクが高まっています。この決定は、農業の持続可能性に対する政府の姿勢を疑問視させるものとなっています。
2.政治的対立が農業政策に影響を与えている
「気候スマート」プログラムの資金は、USDAが「商品信用公社(CCC)」を通じて調達しましたが、共和党はこの資金の使用を強く批判してきました。今回の資金凍結は、単なる予算管理ではなく、政治的対立が影響を与えた可能性が高いと考えられます。特に、共和党がバイデン政権の環境政策を抑え込もうとしている意図が透けて見える状況です。
3.農家の経済的不安が拡大し、トランプ支持層にも影響
この資金凍結は、農家にさらなる経済的な不安をもたらしています。農業界はすでに市場の不安定さやインフレの影響を受けており、今回の決定が追い打ちをかける形になりました。 さらに、過去3回の大統領選挙で圧倒的にトランプ氏を支持してきた農業コミュニティも、この政策変更には困惑しているとされています。農家はトランプ政権時代に記録的な補助金を受け取っていたため、今回の決定は彼らの期待を裏切る形となりました。
4環境保全と農業支援のバランスを取る必要性
「気候スマート」プログラムの目的は、農家が環境に優しい農法を採用しながら収益を上げられるよう支援することでした。今回の資金凍結により、その根幹が揺らいでいます。農業の持続可能性を推進しつつ、経済的な支援を確保するには、政治的対立を超えた安定した資金供給の仕組みが必要です。特に、ヘンプのようにカーボンシークエストレーション(炭素吸収)に貢献できる作物の活用を阻害することは、長期的に見ても農業と環境の双方にとってマイナスとなるでしょう。