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ヘンプ建材の進化、圧縮方向で選べる断熱と強度、循環型マグネシウム複合材の可能性

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成形ヘンプブロックの性能は「圧縮方向」で変わる

ヘンプハード(麻の芯部分)をブロックに成形する際、どの方向に圧縮するかによって、断熱性や耐久性に大きな違いが生まれることが明らかになりました。

これは、イギリスの学術出版社テイラー&フランシス(Taylor & Francis)が発行する『Journal of Natural Fibers(天然繊維ジャーナル)』に掲載された査読付き最新論文の主要な結論です。

この研究によれば、ヘンプとマグネシウム系結合材を使った複合ブロックを「熱の流れる方向に沿って」圧縮成形すると、断熱性能が最大で25%向上することが判明しました。
一方で、熱の流れとは逆方向に圧縮すると、ブロックの機械的強度(=壊れにくさ)が向上するという結果が得られています。

つまり、原料を変えることなく、圧縮する向きを変えるだけで、用途に応じて「断熱重視」または「耐久重視」の性能を選べる可能性があるということです。これは、製造現場にとって非常に実用的な知見と言えるでしょう。

この研究を主導したのは、ポーランドのルブリン工科大学のPrzemysław Brzyski(プシェミスワフ・ブジスキ)氏とJakub Wankiewicz(ヤクブ・ヴァンキェヴィチ)氏、そしてラトビア・リガ工科大学のLīga Puzule、Māris Šinka、Diāna Bajāreの各氏です。

試験内容の詳細

研究チームは、ヘンプハード(麻の芯)と、酸化マグネシウム(MgO)+塩化マグネシウム(MgCl₂)を組み合わせたマグネシウム系バインダーを用いてブロックを製作しました。
それぞれのサンプルに対して、混合比率を変えつつ、圧縮方向も2通り(熱の流れと同方向/逆方向)に分けて成形し、以下の4項目を測定しました:
1. 熱伝導率(断熱性能)
2. 圧縮強度(壊れにくさ)
3. 吸水率(どれだけ水を吸いやすいか)
4. 毛細管吸水性(細孔を通じて水がしみ込む性質)
一般的なヘンプライム構法(麻+石灰の伝統的建材)では、水酸化カルシウム(消石灰)がバインダーとして広く用いられており、「呼吸性(透湿性)」の高さで知られています。
しかしながら、硬化を早めたり、機械的強度を向上させたり、異なる気候条件に対応するために、従来は以下のような補助添加材が加えられることもあります:
ポルトランドセメント
石膏
フライアッシュ(石炭灰)
ポゾラン(火山灰などの火成性添加材)
これらの添加材は、初期強度の向上や施工性の改善といった利点がある一方で、ヘンプクリートが本来持つ「環境配慮建材としてのメリット」を損なってしまうリスクもあります。
今回の研究が特に注目されるのは、こうした添加材を一切使用せず、マグネシウム系バインダーのみに限定して、強度と性能を実現しようとした点にあります。

強度に関する研究成果

今回の研究では、最も高い圧縮強度を示したブロックで最大1.73メガパスカル(MPa)に達し、これは軽量コンクリートに匹敵する水準であることが確認されました。また、軽量な配合比のブロックでは、熱伝導率が0.07 W/m·Kという極めて低い値を記録しています。これは断熱材としての性能が非常に高いことを示しています。

さらに、この分野の知見を深めるべく、スロバキアのジリナ大学(University of Žilina)からも注目すべき研究成果が報告されており、同じくヘンプハードとマグネシウム系バインダーを用いたブロックが3 MPaを超える圧縮強度を達成したことが明らかになっています。
これは、一部の軽量コンクリートを上回る性能ともいえる結果です。

現在のところ、これらのヘンプ・マグネシウム複合材は高荷重構造にはまだ適していないものの、特定用途においては「自立壁」や「構造用レンガ」としての活用が十分に見込める性能を持つことが分かってきました。

特に、断熱性能や環境持続性が重視される建築用途において、構造設計への応用可能性が広がっていると言えるでしょう。今後、バインダーの化学的進化や試験プロトコルの標準化が進むことで、断熱材を超えた「構造材」としてのヘンプの可能性が現実味を帯びてきています。

これまでの一般的なヘンプ建築では、木材や鉄骨構造フレームの中に、ヘンプライム(ヘンプ+石灰)やヘンプクリートを充填する「充填材方式」が主流でした。この方式は、断熱性、透湿性、炭素吸収性能などを重視する一方で、構造強度は二の次とされてきました。

しかし近年では、より高い圧縮強度を持つ「耐力壁ヘンプブロック」への関心が急速に高まりつつあります。特に、モジュラー建築、プレハブ住宅、または低層建築向けの用途において、施工の簡素化と用途拡大が期待されています。

環境プロファイル

今回のレポートに含まれたライフサイクルアセスメント(LCA)によると、ヘンプ・マグネシウム複合材における環境負荷の多くは、バインダーとして使われるマグネシウム成分、特に塩化マグネシウム(MgCl₂)に起因することが明らかになりました。
炭素排出量だけでは語れない環境評価
この研究では、単にカーボンフットプリント(CO₂排出量)を比較するだけでなく、素材の調達経路や循環性(サーキュラリティ)に対する視点も加えられています。
特に塩化マグネシウムの環境負荷は、その生産プロセスに大きく依存しており、たとえば:
工業副産物としての回収
海水淡水化(脱塩処理)の廃棄物からの抽出
といった持続可能な調達ルートを活用すれば、バインダーの環境負荷を大幅に軽減できることがわかっています。
その結果、こうした素材構成を採用したヘンプ複合材は、ミネラルウール(鉱物系断熱材)などの従来型断熱材と競合しうる「低環境負荷・再生可能な代替素材」としてのポジションを築くことが可能になります。
将来のグリーン建築認証での優位性も期待
このように、原料調達の柔軟性が高いことは、ヘンプ・マグネシウム系素材が今後のグリーン建築認証(LEED、WELL、BREEAMなど)において優位性を持つ可能性を示唆しています。こうした認証制度では、以下の要素がますます重視されつつあります:
ライフサイクル全体でのCO₂排出量
資源の効率的利用
サプライチェーンの透明性
今回の研究は、「バージン(天然)資源への依存から脱却しつつ、高性能を実現する」新たな建材開発の方向性を指し示すものであり、真の意味で循環型のバイオ建築素材への道筋を描いています。

編集部あとがき

今回の記事を以下、4つのポイントに整理しましたのでご参考ください。

 

1. 「圧縮方向」で性能が変わる:断熱か、強度かを“選べる”建材に

 

今回の研究で明らかになった最大の収穫は、同じ材料でも“圧縮方向”を変えるだけで「断熱重視」か「構造強度重視」かを選択できるという点です。これは、製造コストを増やさずに建材の機能特化が可能になる非常に実用的な知見です。

 

2.マグネシウム系バインダーでも3MPa超の強度を実現:構造用途の可能性へ

 

従来は断熱材としての評価が中心だったヘンプ素材ですが、ジリナ大学の研究では3MPaを超える圧縮強度も確認され、軽量コンクリートと同等以上の性能を持つことが示されました。これは、モジュール建築やプレハブ住宅の「構造用ブロック」としての実用化に大きく近づく成果です。

 

3.環境負荷の大半は“バインダーの出どころ”に依存する

 

LCA(ライフサイクルアセスメント)では、環境負荷の中心は塩化マグネシウムに集中していることが示されましたが、その一方で、これを工業副産物や海水脱塩廃棄物から調達すれば、カーボンフットプリントを大幅に削減できるという明るい展望も提示されました。

 

4.“本当のサステナブル建材”へ:バージン資源に依存しない循環型素材へ

 

本研究は、バージン資源(天然原料)に頼らずとも、高性能と持続可能性を両立できるという道筋を描いており、「真の循環型バイオ建材」へ向けた一歩と位置づけられます。将来的には、グリーン建築認証制度でも優位性を持つ新素材となる可能性があります。

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HempTODAYJAPAN編集部です。HemoTODAYより翻訳記事中心に世界のヘンプ情報を公開していきます。加えて、国内のカンナビノイド業界の状況や海外の現地レポートも公開中。

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