官僚主義がパキスタンのヘンプ産業を停滞させる
パキスタンは2024年に大麻関連の法律を可決し、ヘンプ産業の監督機関として「ヘンプ庁(Hemp Authority)」を設立しました。しかし、官僚的な遅延により、業界の進展は停滞したままです。ヘンプ庁は本来、栽培や加工の規制を担うはずでしたが、未だに長官が任命されておらず、栽培ライセンスの発行も行われていない状況です。
それにもかかわらず、業界関係者の間では楽観的な見方が依然として強く、国内のヘンプ生産が繊維産業に大きく貢献することが期待されています。有望な研究結果によると、パキスタンの気候や土壌に適したヘンプ品種が特定され、大規模な栽培と繊維用途への活用が可能であることが明らかになっています。
研究が生む楽観的な見通し
ファイサラバード農業大学(UAF)は、ラホールのUSデニムミルズと協力し、2021年に産業用ヘンプの研究を開始しました。この研究は、気候変動がパキスタンの綿花依存型の繊維産業にもたらす課題に対処するための取り組みとして進められました。
今年、このプロジェクトは完了し、国内で栽培されたヘンプが綿の実用的な代替素材となり得ることを実証しました。研究の結果、ヘンプは持続可能かつコスト効率の良い解決策を提供できる可能性が示されています。
この研究を主導したUAFの繊維・テクノロジー学科のアサド・ファルーク教授は、パキスタン国内16地域でヘンプを栽培・分析し、最終的に産業用途に適した3品種を特定しました。さらに、UAFが独自に開発した繊維抽出・軟化技術を用いて処理することで、既存の綿紡績インフラに適合させることに成功したと述べています。
「パキスタンは現在、中国からヘンプを輸入していますが、これは高価で、繊維が粗いのが難点です。我々の目標は、現地で調達できる、高品質で柔らかく耐久性のあるヘンプ繊維を開発し、パキスタンのヘンプテキスタイルを世界市場で競争力のあるものにすることでした」とファルーク教授は『The News on Sunday』に語っています。
このプロジェクトでは、ヘンプの収穫から加工、綿化繊維への転換、糸紡績、そして生地の生産に至るまでの完全な生産プロセスを確立しました。
拡大の準備が整う
研究フェーズを通じてUAFと密接に協力してきたUSデニムミルズは、このプロジェクトの成功を事業に活かすことに意欲を示しています。 すでに4,000エーカー(約1,620ヘクタール)の土地をヘンプ栽培用に確保しており、あとは規制当局の許可を待つのみという状況です。
同社のイーファン・ナジールCEOは、「当社のヘンプ×コットン混紡生地への需要は非常に高い」と述べており、市場の関心が急速に高まっていることを示唆しています。
業界関係者は、国内でのヘンプ栽培が実現すれば、高額な輸入依存を減らすだけでなく、パキスタンを持続可能な繊維市場の世界的プレイヤーとして確立できると考えています。
ヘンプは天然の抗菌特性を持ち、綿よりも少ない水で栽培が可能なうえ、90〜100日という短期間で成長することから、特に気候変動が進む中で、環境に優しい代替素材として最適と評価されています。
障害となる規制の遅れ
民間企業の高い関心にもかかわらず、規制上のハードルが大きなボトルネックとなっています。 2024年9月に可決された「大麻管理・規制庁法(Cannabis Control and Regulatory Authority Bill)」は、本来、ヘンプと嗜好用大麻のライセンス供与と規制を効率化することを目的としていました。
しかし、この法律の下で設立された「ヘンプ庁(Hemp Authority)」は、依然として機能していません。 その最大の要因は長官(ディレクター・ジェネラル)の未任命にあり、これによりヘンプの栽培ライセンスが一切発行されていない状況が続いています。 結果として、ヘンプ産業全体の進展が足踏み状態にあります。
UAFのアサド・ファルーク教授は、「パキスタンには独自の遺伝子資源と、ヘンプの大規模生産を可能にする技術が揃っている」と述べています。しかし、彼は「ライセンス発行の遅れが私たちを妨げている。この機会を逃せば、パキスタンが持続可能な繊維産業の世界的リーダーになるチャンスを失うことになる」と警鐘を鳴らしています。
パキスタンがヘンプ産業に注力する背景には、気候変動が国内の綿花産業に与える壊滅的な影響があります。気温の上昇、干ばつ、極端な気象変動によって綿花の生産が不安定になり、供給網が混乱し、生産コストも上昇しています。一方で、ヘンプは気候変動への耐性が高く、綿よりも圧倒的に少ない水、肥料、農薬で栽培できることから、持続可能な代替作物としての重要性が増しています。
立法の経緯
パキスタンにおける産業用ヘンプの栽培への道のりは、2020年9月に当時のイムラン・カーン首相の政権下でヘンプの栽培と加工が承認されたことから始まりました。
当初、この政策は科学技術省(Ministry of Science & Technology)が主導していましたが、シャバズ・シャリフ首相の政権下でその範囲が拡大され、麻薬管理省(Narcotics Control)、商業省(Commerce)、国家食糧安全保障・研究省(National Food Security and Research) も関与するようになりました。
2024年2月には、パキスタン政府がヘンプ栽培に関する政令を発令し、後に正式な法律として「大麻管理・規制庁法(Cannabis Control and Regulatory Authority Bill)」が制定されました。この法律に基づき、ヘンプ庁(Hemp Authority)が設立され、ライセンス供与や規制、産業の発展を監督する役割を担うことになりました。
この法律では、THC含有量0.3%以下をヘンプと定義し、嗜好用大麻と明確に区別しています。この規制は、繊維、製薬、食品、建設、化学などの産業用途に適用されます。
さらに、産業の成長を促進するため、金融・非金融両面でのインセンティブ(助成金や税制優遇)、安全基準、消費者保護策を盛り込んでいます。 また、法律の遵守と取り締まりを確実にするため、パキスタン麻薬取締部隊(Anti-Narcotics Force)との連携も義務付けられています。
10億ドル産業への可能性?
一部の専門家は、パキスタンのヘンプ産業が急速に成長し、10億ドル(約1,500億円)の収益を達成する可能性があると主張しており、これが同国の外貨収入の改善にも大きく貢献すると見込まれています。
多くの業界関係者は、ヘンプを綿花に代わる戦略的な代替作物として捉えており、その耐久性や環境負荷の低さから、繊維業界での活用に期待を寄せています。 また、CBD製品の生産や、ヘンプ繊維の残渣を活用したバイオエネルギーの可能性にも注目が集まっています。
しかし、規制機関が機能していない現状が、この潜在的な成長を阻害する最大のリスクとなっています。業界関係者は、政府に対し迅速な対応を求めており、ヘンプ庁の長官任命とライセンス発行の遅れが続けば、パキスタンは持続可能な繊維市場の世界的な拡大に乗り遅れることになると警鐘を鳴らしています。
編集部あとがき
今回の記事を以下、4つのポイントに整理しましたのでご参考ください。
1.パキスタンのヘンプ産業は、官僚主義の遅れが最大の障害となっている
2024年にヘンプの栽培・加工を合法化し、ヘンプ庁(Hemp Authority)を設立したにもかかわらず、未だに長官が任命されず、ライセンスも発行されていないため、業界全体が停滞しています。規制機関が機能しなければ、民間企業がどれほど準備を整えていても、実際の生産・流通が進まないのが現状です。このままでは、せっかくの産業発展の機会が失われる可能性があります。
2.ヘンプはパキスタンの繊維産業における「戦略的代替作物」となり得る
近年、パキスタンの綿花産業は気候変動の影響で大きなダメージを受けており、供給網の混乱やコストの上昇が深刻化しています。その中で、ヘンプは気候変動に強く、水・肥料・農薬の使用量が少ないため、持続可能な代替作物としての可能性が高まっています。USデニムミルズなどの企業がすでに4,000エーカーの土地を確保していることからも、業界の期待がうかがえます。
3.研究が示した「国産ヘンプ」の競争力
ファイサラバード農業大学(UAF)とUSデニムミルズの共同研究により、パキスタンの気候に適したヘンプ品種が特定され、既存の綿紡績インフラと互換性があることが証明されました。現在、パキスタンはヘンプを中国から輸入していますが、品質やコスト面で課題がありました。国内で高品質なヘンプ繊維を生産できれば、国際市場でも競争力を持てる可能性が高いです。
4.パキスタンが持続可能な繊維産業のリーダーとなるための課題
一部の専門家は、ヘンプ産業が10億ドル(約1,500億円)の市場規模に成長する可能性を指摘しています。しかし、規制の遅れが続けば、この機会を逃し、世界の持続可能な繊維市場の成長に取り残されるリスクがあります。パキスタンが環境負荷の少ないヘンプ繊維の生産拠点として世界市場での地位を確立するには、政府が迅速にライセンス発行を進め、民間企業との連携を強化することが不可欠です。